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マドモアゼル・愛氏 「京都 528Hz言霊トーニングセミナー」 レポート


自分の手から生まれる振動に、
全宇宙のすべてが
共鳴を求めて同期するような、
そういう一打を、

なんら躊躇することなく、
放てる意識こそが、
たゆみない生命につながる周波数を
呼び寄せるのだと思った。


*    *    *

マドモアゼル・愛先生の「528Hz母音トーニングセミナー」に誘っていただいた。
京都では初の開催だという。

詳細を見ると、会場となるギャラリーは、和とも洋ともつかない不思議な構造で、気球のような、灯台のような、まるで時空を超える船のような不思議さで、興味シンシン。
開催地も、かねてより関心を寄せていた伏見という立地で、平日に開催されるというハードルの高さも、次の開催があるかどうかわからないことから、即決で受講申込みをした。

午後から仕事を休んでダッシュで駅まで向い、電車に乗る。

走り出してすぐに見えるゴルフ場のグリーンは、いつ見てもきれいで、淀川の流れを追いかけていると、京都競馬場が近付いてくる。レースが開催されていない日の車内は閑散としている。
一度も入場したことはないけれど、間近で美しい馬を見るのもいいかもしれないと思いながら、建物のすきまに見え隠れするコースに目をこらしていた。

そして、毎回楽しみな中書島の景色は、うっかり手持ちの本に目を落とした間に通り過ぎていて、気づけば桃山御陵前!
方向オンチなので、改札で地図を広げて、駅員さんに、ここに行きたいのですがと指で示して教えてもらう。
出口に向かうとき、ふと、「神社」という案内の文字が視界に入ったような気がした。

(神社が近くに?)

どこだろう? と思う間もなく、目の前に大きな赤い鳥居がそびえていた。

四条畷在住の画家、谷口智則さんのカフェを探しに行ったときも、遠くからでも見える大きな赤い鳥居があり、導かれるように四条畷神社に御挨拶に行ったことを思いだす。
桃山御陵にある神社は、「御香宮神社」と書いてあった。なんと読めばいいのかわからない。
この時点でセミナー開始20分前(!)

(どうしよう?)

$みみより日和

逡巡するまでもなく、御香宮神社の神門は圧倒的な荘厳さで、そこから続く参道は松に抱かれて伸びている。
絶対に素通りできない静謐さだった。
初めての土地で、神様へ御挨拶なく素通りして何かを行うなんて、ありえない。

御神門をくぐると、まるでガイドのように、腰から手ぬぐいをぶらさげたおじいさんが、わしわしと突き進んでいる。

$みみより日和

参道の途中、右手にある桃山天満宮の前では、定規で計ったかのように、きちんと向き直って腰を折り、深々と拝礼する様が、とても真摯で胸を打たれた。
地元の人だと思うけれど、こんなふうに、信仰深い人の想いに守られた神社のたたずまいは、慈恵に満ちていると感じた。

$みみより日和

拝殿の鈴は三つもあった。
おじいさんは、端の二本を左手でわしづかみにして、ジャラジャラと鳴らし、丁寧に二礼二拍手一礼すると、再び風のように境内を突っ切って、向こうの門の外へ消えていった。

(どこに行くのだろう?)

おじいさんを見送って、三つの鈴を見上げる。

$みみより日和

それぞれ、効能が違うのだろうか?
あたりを見回したけれど、どこにも書かれていなかった。
とりあえず、まんなかの鈴で、邪気を祓っていただいた。

時間がないので、境内はセミナー終了後に立ち寄ることにしようと思いながらも、拝殿の極彩色の彫刻や、絵馬殿など、じっくり観たい建造物がたくさんあり、なかなか立ち去れない。

しかも、境内に能舞台! 

$みみより日和

鏡板に描かれた老松の緑が深い。しぶい。

$みみより日和

すごいーーーーー。

ちゃんとリサーチしてくればよかったと悔やみつつ、セミナー会場に急ぐ。

(暑い!)

行程はあと三分の二(爆)
汗だくだ。

地図で見ると、会場は住宅街の中。

(わかるだろうか?)

ちょうど、JRの最寄駅「伏見」の方角から訪れる人が何人か、すいこまれるように入っていくのが見えたので、迷わずにたどりつけた。

扉を開けると、画像で拝見しただけのマドモアゼル・愛先生ご本人が受付に立っていらして、びっくり。

到着したのは、開始時間3分前くらいだろうか。私の名前をチェックしたあと、「あと一人です」という声が聴こえた。栄えあるブービー賞だ。最後の一人じゃなくてよかった。

おそるおそる二階の会場のドアを開けると、すきまなく並べられた椅子は満席で、どこにも空席がない。
檀上を見ると、客席同様に椅子が並べてあり、そこには三席、空きがあるのだった。

(まさか、あそこしか?)

幸い、私をこのセミナーに誘ってくれたセラピストの聡美さんが檀上にいらしたので、思わず、近づいて尋ねてみる。

「まさか、ここしか空いていないんですか?」
「たぶん(笑)」

というわけで、最後から二番目に到着したのに、愛先生かぶりつきの檀上で聴講することになった。特等席なのかどうかは不明。とにかく、聴講者からは丸見えなので緊張する。

*    *    *

当初から、講演者と同じ舞台の上に聴講者の椅子を設置するはずがないので、定員を上回る受講希望が殺到したのだと思われる。

そういえば、一週間前にはブログで申込みの締切宣言をされていた。駆け込みで予定数が大幅に超過したのだろう。

愛先生は、占星術を学ばれている人や、占いが好きな人には著名なかただそうだ。
私の友人にも、愛先生の名前を知っている人がたくさんいた。
ただし、男性だと知っている人は少なかった(笑)

会場に集まった人たちは、どのような経緯で、この場所にいらっしゃるのだろうか。
今回のセミナーで使用する528Hzのチューナーについても、既にマイチューナーをお持ちのかたが多く見受けられたし、楽器を携え、音楽活動をされているかたもいらっしゃるようだった。

(わたしって、何にも知らないな)

音について、音叉について、周波数について、528Hzの効能について、MIチューナーについて、使用法について、たくさんの話をしていただいた。
専門用語や人名については、まったくわからないことばかりだったけれど、心に残ったのは

どこにでも届くのが音
圧力が高いほうにエネルギーは流れる
周辺圧力に負けない音
意識の圧力は強い
音と肉体の話し合い
音として存在するために母音がある


などの言葉だった。

また、ワークに入る前に、実際にチューナーをハンマーで叩いて、ちゃんと響かせることができるかどうかを、ひとりひとり見てくださったときの言葉が感慨深かった。

いくら最高品質のチューナーで、528Hzの純音の振動が続くように製造されていたとしても、鳴らし方によっては、まったく功を奏さないそうだ。

愛先生は、わたしたち一人ずつにチューナーを叩かせて、その音を判断してくださった。
ダメ出しされた人は、ちゃんと鳴らせるようになるまで指導していただける。
一人一人の音を聴いていても、わたしには違いがわからない。

ただ、鳴ればよいのではなく、大きな音だからよいというのでもなく、大切なのはチューナーとの対話であり、信頼であり、自分に対するゆるぎなさであり、チューナー対自分の精神性のようなものではないかと推測して、腑に落ちた(間違っているかもしれないけれど)。

五十人に対するレクチャーを聴いていて感じたことは、

迷わない ゆだねない おそれない セーブしない 受け身にならない

実際に書きとれた先生の言葉は、

「表現することを怖がっているかどうか」
「何かをしてもらうという受け身が存在しないこと」
「自分が何かを働きかけた音」


などというものだった。

チューナーを鳴らすのに、上手い下手などないのに、うまく鳴らそうとか、失敗しないようにしようとか、おっかなびっくりとか、そういうためらいや自信のなさが、すべてダメなのだろう。

迷わない ゆだねない おそれない セーブしない 受け身にならない

宇宙の果てから音を引き寄せ、宇宙の果てまで音を進んでいく音。
自分の手から生まれる振動に、全宇宙のすべてが共鳴を求めて同期するような、そういう一打を、なんら躊躇することなく、放てる意識こそが、たゆみない生命につながる周波数を呼び寄せるのだと思った。

*    *    *

愛先生の母音トーニングを実際に目の当たりにし、「原初から途切れず流れている命の営みともいえる音」について考えてみたとき、今、わたしたちが使っている音(日本語の意味を伝えるために明瞭に区切って発音される音)ではなく、「原子母音」のような、途切れない響きの存在に思い当る。

わかったことは、言葉は「檻」だということ。
思考だけでなく、発音においても、わたしたちは言葉の檻を作っていたのだ。

赤ちゃんの喃語は、その檻にとらわれない命の響きだと思った。

それを、わたしたちは、手取り足取り、何度もくりかえし、絵本やカードを使って、生まれた子どもの自由な発音を、生命活動において、なんら意味のない五十の檻に、あっというまに押し込んでしまったのだなあと感じる。

ただ、日本語は、諸外国の言葉とちがってフレキシブルというかアバウトというか、それぞれの母音の中間のような発音でも、それっぽいニュアンスであれば、聴くほうが自動的に変換して意味を読み取るので、自由度が高い。

そう意識しながら、人の会話を聴いてみると、母音や子音のまじりあうオリジナリティあふれる不思議な響きに気づいて、おもしろい。
十人十色のあいうえお。

わたしたちは、思考だけでなく発音からも自由になっていいし、自由なんだと、あらためて思った。

それに、言葉にできないほどの喜怒哀楽は、ちゃんとそれに見合った音を発している。
〇〇〇の時だって(笑)

どこかに、まだ喃語しか話せない赤ちゃんはいないかな。いっしょに会話したい。

*    *    *

ワークは、二人一組。
ペアになった二人というのは、偶然のようでいて、必然に結びついているという。
なぜなのかは、すぐにわかることもあるし、あとになってからわかることもあるだろう。

愛先生のワークは、言葉による表現を使わない。
母音トーニングとはいうものの、母音ですらない。
ひょっとして、今まで出したことのない音を大きな声で響かせている。
最初はおっかなびっくり。しだいに朗々と。
出したくなる音が、出したいように、感じるままに、勝手に口から飛びだしてくる。

まずは向かい合い、手をとってコミュニケートするワーク。
相手から感じられるものを音にする。
音で相手を表現する。

次に背中合わせになって背中越しに相手を感じて語りあうワーク。
語り合うといっても、交互に音を出すだけだ。
途中から手をつなぐよう指示され、指と指をからめて背中越しに感じるものや、伝わってくるものを、声にしていく。
しだいに、相手を求めて共鳴していく感じ。深部から同期していく感じ。

声を出していると、とても気持ちがよくなってきた。
出したい母音が決まってくる。
バディから感じるエネルギーは、「あ」か「う」で、ほかの母音を発する気持ちにはなれなかった。

その人の持つエネルギーなのか?
その人を補うエネルギーなのか?
自分に足りないものなのか?
発したエネルギーは、どこに届き、何と帳尻をあわせているのだろう?

最後は、「親子関係を作るように」と言われた。
言葉を持たなかった頃にもどって、言葉でない声で伝える。
赤ちゃんは悲しいから泣いているのではない。
自己主張だ。

赤ちゃん役の人は、自分の中にあるものを出す。
いきどおりがあるならは、いきどおりを。甘えたいのなら甘えを。
お母さん役の人は、それを受け入れ、満たしてやる。頭や肩をなでてもいいし、ハグしてもいい。

そんなふうに言われた。
声を出すことで解放されるのだという。

……と言われても。
それまでに、十分声を出しているので、どんどん楽しくなってきていて、解放されたいものなどが胸の中に見つからない。
ほかの人も同じではないのか? と檀上にいる特権で会場を見回すと、すぐそばで、お手本みたいに激しく泣きじゃくっている人の表情が目に飛び込んできた。

(あちゃー)

とはいえ、泣きまねなどできないし、今の自分の想いを声にするなら、開放的な笑顔になってしまうように思えた。(内面を出すことを回避するための詭弁かもしれないけれど)

困って、バディに打ちあけてみたところ、そのかたも同様だという。
それで、私たちは、このワークは参加せず、普通におしゃべりしていた。

それまでのワークを振り返る。

そうか。声をだしながら、チューニングしていたのだ! と思った。

バディのもつ自分に足りない何かや、同調すると楽しくなるものに。
または、自分本来の振動に戻るために、バディの振動が必要であるように。
背中合わせになり、からめた指でつながりながら、しだいに同期していくことの気持ちよさ。

親子のワークは、実際に子どもとやると効果的だと、強く思った。
伝えたいけれど言えないことや、ゆきばのない思いを、音で解放できるとしたら。
どんな声を子どもたちは出すだろうか。
どんな声で母親は受け入れ、満たしてやるのだろうか。

*    *    *

そして、最後は発表会。
バディの二人で話し合って願いを一つ決め、その願いが叶うように「528Hz」に二人の音をあわせて声を出す。

順番に檀上に上がって、願いを発表したあと、チューナーを鳴らしながら、二人で願いが叶うことを祈って声を出していく。
お互いの声が調和していく。

そこに生まれる心願成就のエネルギー。

どの二人の息もぴったりだった。
初めて会うのに、ずっと前からの仲良しみたいな笑顔だ。

お互いの願いが天に翼を広げ、羽ばたくように同期していく。
嬉しそうに顔を見合わせる檀上の二人に、気がつけば誰もが心からの拍手を贈っている。
そんな発表を二十五組。

最後に、愛先生からのプレゼントということで、528瞑想(セッション)のやりかたを教えていただいた。

余談だけど、浜田がチューナーを購入しようと決めたのは、美容にも使えると聞いたからだ。

528Hzを湯船に転写したら、三か月で見違えるようになる! 
おふろで使っている人は顔を見ればすぐにわかる! 

と、愛先生が力説していた言葉が忘れられなかったからだ(笑)
愛先生は、とっても声がいい。

その日から、浜田家は528Hz風呂。
おふろにハンマーを持ちこみ、「迷いなくゆるぎなく」叩いたチューナーを湯船につっこんで、すみすみにまで行き渡らせる。
至福の時……。

三か月後にどうなっているか?
幸い、今の顔は中島さんに撮ってもらったものがある。
三か月後の浜田を見て!

*    *    *

質疑応答のコーナーでは、浜田は「遠隔で使えるのか?」と質問した。
答えは、OKだった。
距離も時間も時代も関係なく、音はどこにでも届くのだそうだ。

私は、そもそもの理論を知らないし、物理学の知識もないので、

(そうだとしたら、チューナーすら不要なのではないか?)

と思うし、

(距離も時間も時代も超えて届くのは、祈りではないのか?)

とも思うけれど、あのとき、あの会場にいらした皆さんが一番、必要とした言葉は、

「528Hzの祈りが遠く離れた家族に届く」

という一言だったのではないかと思う。私も嬉しかった。
それが、チューナーからの振動であれ、祈りの振動であれ、そんなことは構わないのだ。

愛しい人や守りたい人へ必ず届く。離れていても届く。

これが、心底ほしかった答えであり、皆さんがチューナーを手にした理由ではないのだろうか。

最後に、愛先生は和歌を朗々と詠んでくださった。
「披講」というのだそうだ。

好きな和歌があればやりますよ とおっしゃってくださり、会場から声があがったのは、

「久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ」

おだやかな春の陽射しと風のなか、はらはらと舞いおりてくる桜の花びらの舞。
美しい光景だ。

ちなみに、浜田の頭に浮かんだ和歌は、

古事記にある
やまとは くにのまほろば たたなづく あをがき やまごもれる やまとしうるわし」

万葉集の
「しきしまの やまとのくには ことだまの さきわうくにぞ さきくありとぞ」

*    *    *

本当の言霊の力がどこにあるのか。
命の営みに原初より呼応している響きとは何か。
本当の力をもつ言霊とは。
共鳴とは。

言葉を使って表現する者として、たくさんのものが舞い降りてきた。
そして、
相手を感じること、よりそうこと、応えることを、声とからだでライブにチューニングしていく体験をしたとき、すっきりと晴れ晴れとした気持ちになった。

もしも、同期しようとしたものが自分にとって不協和音となるものだったら、すべてが壊れてしまうのだろうか?
始まりのために全てを終わらせることが必要なように。 

作用があれば、反作用もある。

だけど。
意志の圧力が一番強いと、愛先生は教えてくれた。
「意識圧」
それは、道具のいらない愛の力。

だから、大丈夫。

浜田えみな

でも、チューナー買いました!
意志の力では美肌になれないと思うのです(いや、なれるのだろうか?)
毎日、おふろで528Hzヒーリングだ。
三か月後の浜田えみなを見て!
(きゃー)

追記

セミナー終了後、帰りにもう一度、じっくり神社に寄った。
この立派な表門は、伏見城の大手門を移築したとのこと。

$みみより日和


立派な彫刻もじっくり鑑賞。

$みみより日和

能舞台は、九月の第三土曜日に神能奉納とされていたので、現役だ。さぞ幽玄な世界だろう。

ふと、ポリタンクに水をくんでいる人の姿が見えた。
御香宮神社の由来ともなる美しい水は、日本の名水百選にも選ばれているそうだ。

その水を飲むと病が治って元気になったいう謂われがあり、病を治すためや、書道や茶道のために、水をいただいて帰る人が多いそうだ。
きちんと衛生管理をした水を供給しているため、お水をいただく場合に管理費として志を納める箱が置かれていた。
愛先生の言霊トーニングで乾いたノドを潤し、ちょうどからっぽになっていたペットボトルに、お水をいただいて帰る。

美肌水!!
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浜田 えみな

Author:浜田 えみな
こんにちは! ブログに来てくださってありがとうございます! H11生まれの長男と、H14生まれの長女の二児の母です。文章を書くことが好きなので、フルタイムで仕事をするかたわら、あれこれ書いています。H26年8月に薦められた短歌にハマり、現在その世界観を模索中です。よろしくお願いします。