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タマラ・加藤憲子氏 アクセスハートプロジェクト大阪〈インデュース〉 2013.7.20
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ひとつひとつがつながり、
意味を持つことが
次第にわかっていく。

全体が一つにつながり、
大きな軸となり、
奔流となって流れを持つ。

最後に出てきたキーワードが、
最初のキーワードとピタリと重なる。

ラストシーンでのカタルシス。


*    *    *

目次

◆インデュース
◆「今」の自分
◆「過去」の自分
◆「少し先の未来」の自分
◆つながっている
◆メッセージ
◆感動

*    *    *

◆インデュース

(インデュースとは?)

それが何なのか、うまく説明できないけれど、とても貴重な体験だった。
体験することは、きっと人それぞれ違う。だから、自分が感じたことを書く。

*    *    *

ものすごくアバウトな表現をすると、タマラさんの誘導による瞑想とシェアリングだった。

自分の中には、既にプログラムされている「仕組み」がある。何度、生を繰り返しても、変わらない設計図として、その「仕組み」はわたしたちの中にある。
いつどの時にあっても、魂が欲しているものだ。


「今」、それはどうなっているのか? 
生まれた環境、現在の状況、この時代に、その仕組みは、どう発現するのか?
それを、見る。視る。識る。

何をやりたいのか。
どんな目標がほしいのか。

今の地球で、日本で、自分が置かれている環境の中で、それは何をすることにつながるのか。
どうしても、どうしても、求めてしまう想いは、何をすれば叶うのか。

その答えは、自分の中にあるという。
わたしたちは、すでに、その答えの上を生きている。


*    *    *

フォーカスするためのエネルギーワークを受けたあと、タマラさんの誘導によって、まず、「今」の自分を見た。
次に、今、識るために必要な「過去」の自分を見た。
そして、少し先の未来の自分を視た。

それらが教えてくれるものは、なんだろうか?
何かが浮かぶ人もいるし、何も浮かばない人もいる。
人が見える人もいるし、景色が見える人もいる。

わたしは、光景が見えた。
そのことを書いてみる。

◆「今」の自分

「スプライト(超高層雷放電)」の映像をテレビで観たことがあるが、ちょうど、そんな感じだった。
どこか遠く離れた別の場所から、雷雲から発光されるエネルギーを見ている。
風もなく、雨もなく、嵐でもなく、音もない。ただ、延々と雲の中で炸裂し続ける光とエネルギー。
それを静かに見ている自分。

(ああ。エネルギーがある)
(光の当たるところに出ていないエネルギーが)
(激しいまたたき)

何にも影響を及ぼさず、誰にも届かず、広い宇宙の漆黒のような闇に消えていく光。
それが意味するものは、なんだろう? 怒り? 

(スパークし続けるエネルギー)

どこにも届かず、誰の目にもふれず、炸裂し続ける光景なのに、不思議と空しくなかった。
「ある」とわかったことが、嬉しかった。


次に近くにいた四人でグループになり、見えたものをシェアした。

K1さんは、
「ひざを抱えて三角座りをして、こわくてどこにも行けない自分」と、
「楽しいから行こう 行こう! 早く早く!」と、その子の手を取り、誘っている自分が見えたそうだ。

「ひざを抱えて、寂しそうにしりごみしているかたくなな自分」に、ものすごく共感しているような言い方をするK1さんに、違和感を覚えた。
K1さんとは、タマラヒーリングの交流会で出会って一年ほどになるけれど、会うたびに印象が変わっていく。
やりたいと思っていたことを、次々に叶え、ヒーリングやチャネリングの能力が拓かれ、とても魅力的になられた。イベントなどにも精力的に出展し、活躍されている。

もしも過去に問題があったとしても、そんなことはとっくに解決して、今は、前だけを見て、新しいものを吸収して、実践しながら進んでいく充足の日々が、楽しくてたまらないように映っていた。
ところが、「進めない自分」「ブレーキになっている自分」を感じているという。

外側に出ているK1さんは、「誘っている子」で、内側にいるK1さんは、「膝を抱えた子」なのだろうか……?

いくら、自分を鼓舞して先へ先へと進んだとしても、置き去りにしているものがある限り、離ればなれにされた二つの心は、引き寄せあい、求めつづける。

そのことが、とてもよくわかった。

Mさんが見たものは、
「会場に来るときに地下鉄の中で感じたことがよみがえったもの」だという。
自分が初めて文明を見た未開の地の民族のような気持ちになった(「パパラギ」みたいな)と、おっしゃっていた。

これまで、Mさんは、近代文明から隔絶されたネイティブの人たちの生活に、貨幣や物質や自給自足ではまかなえないものなどが浸透して、近代化していくことについて、それとはひきかえに何か大切なものが失われているような気がして、「やめて!」と叫びだしたいような、流れを止めたい気持ちに襲われていたそうだ。

「豊かさ」とは何か? 何と引き換えに手にするのか? 失ったものは戻らないのか?

だけど、本来のよさを保ったまま、何も失わずに、文明に開化していくこともできる!と、気づいたという。

「自分の持つ本質を何も変えずに、どんな環境の中にあっても存在し、進化すること)が可能だと。

K2さんは、インデュースを何度も経験されている。
初回のときは、まったく何も浮かばず、ぜんぜんわからなかったそうだ。
エネルギーの高い場所で行われる合宿には、インストラクターの人たちが多く参加し、このうえない恵まれた環境であったにもかかわらず、三日間の研修の間、何も見えず、何も浮かばず、まったくダメだったそうだ。
K2さんは、このとき、自分だけができなくて、ひどく落ち込みながらも、

「オレって、こんな状況にあっても、あきらめないんだ!」

と、わかったと話してくれた。
そのことは、K2さんの大きな支えになっている。大きな瞳がキラキラと輝いていた。

その後も、ワークショップの参加を重ねるK2さんに、インデュースが見せてくれる映像は、象徴的な比喩に満ち、K2さんの魂の成長を物語っているように感じた。

そのイメージが、とても「腑に落ちるんだ」と、力強く話してくださった。
誰に言われるわけでもない、自分で気づく自分だけにわかる符合。
そんなK2さんの「今」は?

空。雷。雨。晴れ。……
時間切れになってしまって、詳しく聞けなかったのだけど、わたしの見た光景と少しリンクした空のシーンだったと思う。台風一過のような印象をもった。

K2さんを吹き荒れていたストラグルの嵐が、ようやく、過ぎ去り、晴れ間が見えて来た。

そんな象徴のように感じた。

◆「過去」の自分

次は、いったん、ノート類などを持って壁際に立つ。今まで座って、三人~四人でシェアしていた形のまま、椅子が置かれている。

タマラさんの合図で、その場でジャンプしたあと、目にとまった椅子をめざす。
同じ椅子に何人か重なってしまったときは、じゃんけんで決め、負けた人は別の椅子を探す。
そんなふうにして、新たな三人ができた。
浜田。Iさん。Yさん。

ワークショップやセミナーでグルーブになる人たちは、必ず意味があるという。

次に見るのは、「過去」だ。
過去といっても、今まで生きてきた年数分だけシーンがある。
「今、この瞬間」、必要としている情報は、過去のどの「時」にあるのだろうか? 
どんなもので教えてくれるのだろうか?

空が見えた。
光が差してきたと思ったら、空ではなく砂地になった。風紋が続く。
……と思ったら、砂丘ではなく波打ち際だった。カニの穴が無数につづく、波に洗われた砂地を踏みしめながら追いかけていると、そのまま海の中になった。
海亀にでもなった気分で進んでいくと、どうやら山の気配。
夜の森だった。そして、森を抜けると崖のような場所。
月の光の中、風か雷で枝葉を折られたような、一本の針葉樹が立っている。
生き物の気配のない、しんとした静寂。
見えない月がどこかに出ているのか、シルエットはくっきりと視え、影を映していた。
寂寥感はなかった。

このイメージは、はたして、何を伝えようとしているのだろうか? 
空、砂、海、森、月、夜、木。
フォーカスした瞬間、移り変わっていく映像の中で、不思議になぜか安らいでいた。

Iさんは、
イメージの中に女の子が二人、登場したという。姉だろうか? と思ったという。
そして、なぜだかふいに、おばあちゃんのことを想いだしたそうだ。

Iさんは、おばあちゃんっ子で、おばあちゃんが大好きでかわいがられていたのに、病気を患っていたおばあちゃんのお見舞いに行ったとき、元気な姿しか知らなかったので、弱って臥せっている別人のようなおばあちゃんが怖くなり、思わずあとずさりして隠れてしまった。
そのことを悔いる気持ちが、よみがえってきたという。

Iさんは、タマラインストラクターであるとともに、セラピストとしてご活躍されている。加えて、今は「老人・赤ちゃん・お母さん」に働きかける何かをしたいと思っているとおっしゃっていた。

「女の子二人」という言葉に、さきほどのK1さんのイメージにでてきた「二人の女の子」がオーバーラップして、ドキリとした。
Iさんは、それとはまったく別のメッセージを受け取っていらしたことが印象的だった。
そして、わたしは、6月に祖母を亡くしたばかりだったので、「おばあちゃん」という言葉に、はっとする思いだったのだ。

Yさんの見たものは、
「火星のような、赤い、石ころだらけの何もない世界」だったそうだ。
その荒寥とした世界を見たとき、

「自分のために何かしてきたのか?」

という言葉が浮かんで、

(何もしてこなかったなあ……)

と、気づいたという。その言葉とは裏腹に、とても穏やかな表情だった。

Yさんは、見渡す限り、何も見えない世界を見ながら、そんな世界なのに、なんだか愉快になってきて、とても「わくわくした」という。
今にも、物陰から何かが出てきそうで。何かが始まりそうで。

探検。冒険。
「始まる! これからだ!」


と思ったそうだ。

(その意見、すごすぎる!)

そういうYさんに感動した。
本当に、今、彼の中でが始まろうとしているのだと思った。
そして、わたしは、

「自分のために何かしてきたのか?」

というYさんの言葉に、打ち抜かれた。バズーカ砲みたいな衝撃だった。

人のためにばかりあれこれやったって、動いたって、創りあげ築き上げたものがあったって、自分のことをないがしろにしていては、その場所は何も満たされず、何も育っていない荒地なのだと、我に返る思いだった。

わたしは、Yさんの言葉を聴きながら、その石ころだらけの静かな星に、大きなエネルギーを感じた。たとえば、ものすごい資源が埋蔵されているような。
Yさんは、きっと、ご自身のもつ能力と、これからの可能性に気づいていらっしゃるのだろう。

◆「少し先の未来」の自分

最後は、「少し先の未来」を視る。
いったん、椅子を離れて壁際に立ち、その場でくるりと一回転して、目についた椅子を目指す。
同じ椅子に集まった場合は、じゃんけんで決める。
このようにして、また、グループができていく。どういったエネルギーをもった集まりなのだろうか?

「少し先」とは、どのくらい先なのだろう?
人によって違うという。
ほんの二週間くらい先の人もいれば、一年くらい先の人もいるそうだ。
子どもだったら、「未来」(将来)の姿は、十年、二十年先かもしれない。
だけど、五十歳を目の前にしている自分の人生の残りを考えると、それがどんなに大きな夢であったとしても、十年、二十年先では遅すぎる。
わたしにとっての「少し先」は、「半年以内」

今度も、光景だった。動いていた。
海だった。波だった。色がなくても空との違いはわかる。
船だった。走っていた。ものすごい速さだった。

(船出したんだ!)

と思った。自分が操縦しているのがわかった。
太陽を反射する波のまたたき。水平線。
「グラン・ブルー」の映画で見たようなモノクロのギリシャの海。
すべり続けて、やがてどこかに着こうとしてる。

(島? 大陸?)

港のようだった。
上陸していた。
地面を踏みしめていくと、人影が見えた。

(誰だろう?)

壁にもたれて、三角座りをしているシルエット。

(自分?)

長い航海の果てに見つけた場所にいたのは…… 自分?
たどりつくのは…… 自分?
みつけるのは…… 自分?
手をつなぐのは…… 自分?

自分かどうかはわからなかった。
男か女かもわからなかった。
そこで、瞑想は終わった。

(なるほどなあ……)

まさか人の姿があるとは思わなかった。
思わなかったけれど、安堵していた。

*    *    *

椅子は三つだった。
K3さんとわたしは、問題なく目指す椅子に座った。残る一つの椅子に集まった人は四人(!)
じゃんけんで勝ち抜いて留まってくださったのが、Aさんだった。
タマラさんによると、グループごとにテーマが違うのだという。順番にまわって、声をかけに来てくださった。

わたしたちのグループは、

「持っているものを、これから出していく人たち!」

(と言われたような気がする。前回は、「出し惜しみしている人たち」のグループだった)

まず、K3さんから視えた世界を話してくださった。
色とりどりの、とてもきれいなお花畑の中に自分がいて、その美しさに感謝と感動で胸がいっぱいになりながら、自分が今、そこにいること、いてもいいこと、居場所があること、

(「居心地がいい」というのは、こういう感覚だったのだ!)
と、何度も何度も繰り返し思っていたという。
自然の美しさに、それに勝る美しさはないと、ただ、感動していたという。

外から見て、「いいなあ、きれいだなあ」というのではなく、確かに「自分がその中にいる!」という実感があったそうだ。

Aさんは、「なんのことかよくわからないんだけど……」と言いながら、視えたものや感じたものを話してくださった。

「山・雨・竜・虹・赤・太陽」

(すげーーーーーーっ)

わたしだったら、こんなものが視えたら、勇気りんりん元気百倍。
自分がまるで仙人にでもなれたかのように嬉しくなる。
雨を呼び、いかずちに乗って、頂を越え、天空へ舞い上がる昇り竜。

(かっこいいーーーーー!)
(ものすごいエネルギー!)

単語を聴いただけで、瞬間的にそう思ったけれど、Aさんは、まったくピンときていないみたいで、無邪気に首をかしげている。

「それが何か?」
という感じなのだ。

(ええっ)
(こんなにすごいエネルギーをもっていて、もう、「そのとき」が来ていて、全部が必要なことで、呼び寄せたものを力にして、飛び立って昇りつめて超えて、光が差して、もう虹まで視えているのに、なんで気づかないの???)


と、あまりにもどかしくて、思わず、浜田の感じたことを語ってしまった。

すごい人ほど気づいていない!

◆つながっている

「今」と「過去」は、フォーカスしなかった自分をまわりの人がみせてくれた。
自分が見ようとしないものや、今は言葉にしたくないから、選択しなかったであろうものを、まわりの人が見せてくれた。

(やられた)

という感じだった(苦笑)

「未来」は、三人がすべて、延長線でつながっていた。
たぶん、わたしが見たものがスタートだ。

冒険(探検・旅)の先に探していたものは、自分の中のあると気づき、すべてが統合される。

Aさんに見えたものは、
雲を呼び、雨に打たれながら、天空へ昇りつめる龍の姿と、赤のエネルギー。山。雨。太陽。虹。

それが次に自分に備わるのだと思ったら、本当にわくわくする。
その力で、わたしは何をするのだろう?

そして、K3さんの見た、

光を浴びて、風にふかれ、土に根ざし、全てに祝福されて、色とりどりに咲き乱れるお花畑の中に在り、その美しさも、可憐さも、強さも、歓びも、

(自分の中にある。自分からあふれている。自分から咲いていく)


と感じられる境地が、自分に訪れると思ったら、夢のようだ。

グループワークの醍醐味を感じずにはいられない。自分ではそこまで見れなかった。
(なんせ、浜田はスタート地点!)

だけど、探しているものが「自分の中にある」とインデュースでわかったことは、ひたすら嬉しく、これからの原動力になることだった。そのことだけで、未来が明るい。
セルフインデュースだったら、ここまでだ。

グループでやると、自分の前後のストーリーが視えるのだとわかった。
(浜田の場合です)

実際、K3さんは、こんなふうにおっしゃっていた。

「自分が一番先にいるとは思わないけれど、皆さんが今、感じていらっしゃることは、“越えてきたかな?”って思います。少し前まで、わたしは自分のことがダメでイヤで、どうしようもなかったんです。わたし、双子なんです。そのこともあって……。だけど、今は、自分でいいんだってわかったんです」

(え! 双子!!)

*    *    *

「今」と「過去」で同じグループになった人たち。
全てのアイテムが、一つにつながっていたことに気づく。

わたしが最後に見た三角座りの映像は、「今」のグループのY1さんの見た「膝を抱えてうつむいて座っている姿」にシンクロしていた。
Y1さんが見たのは、「二人の自分」の葛藤だった。

「過去」のグループのIさんのイメージにも、二人の女の子が登場した。
そして、「少し先の未来」のグループのK3さんは、「双子」だという。

(「二人の女の子」が象徴するものは、なんだろう?)

「今」と「過去」のグループも、進んできた過程を表しているのだろうか?
パパラギの無垢な好奇心も。
ストラグルの果ての光と晴れ間も。
火星のような赤い荒寥とした星に埋蔵されたエネルギーも。

すべてがつながると、一本の道すじになる。その道が太くなる。強くなる。軸が通る。流れを持つ。動き出す。

テーマは、

「自分を認める」「自分の魅力を知る」「自分の力を信じる」「自分を手放さない」「自分を大切にする」

「わくわくする」「いごこちがいい」
「感動!」


◆メッセージ

自分は「言葉でできている」と思ったことがあった。
どんな感覚も瞬時に言葉に置き換えずにはいられないからだ。
感じることができない、言葉しかない人間なのだろうか?と悩んでいた。
だけど、自分がとても「感覚的」な人間なのだと、あらためて思った。
「感覚的」だからこそ、言葉を選んで丁寧に言葉に置き換えなければ、コミュニケートできなかったことがあったのだ。
子どもの頃は不自由だったなあと思う。

文章表現は、言葉ではないものを伝えるために言葉に置き換えていく作業だ。逆も同様。
だから、言葉から喚起されるものを文章化して伝えることは、特別なことでもなんでもない。
わたしにとっては。

だけど、誰にでも得意なことや不得意なことがあるように、文章で表現することが苦手な人もいるのだとわかった。

そして、イメージを文章化して、わかりやすく伝えること は、わたしの得意なことだった。
(というより、そうしなければ生きてゆけなかったからというか)

それでは、その能力をどう生かせばいいのだろう?

セラピスト?
カウンセラー?
リーディング?
講師?
OL?(今やってますが)

たしかに、
職場でその能力は役に立つ。
ことだまを伝えるときも、イメージが拡がりつながる。
カードリーディングなども、奥深くて楽しい。

(何をすればいいのか?)
(天職は?)

◆感動

とつぜん、わかった。
K3さんの着地点が答えだ。

キーワードは、(感動)!

わたし自身が、やっていて「感動」するものは何なのか?
自分が「わくわく」するものは何なのか?

そうしたら、もう、ぜんぶわかった。
わたしが今日、使った力は、セラピーやカウンセラーやリーディングに必要な力じゃない。

ひとつひとつがつながり、意味を持つことが次第にわかっていく。
全体が一つにつながり、大きな軸となり、奔流となって流れを持つ。
最後に出てきたキーワードが、最初のキーワードとピタリと重なる。
ラストシーンでのカタルシス。

「ストーリーテラー」だ。

Y3さんは、
「外から見ているのではなく、自分がまさにその中心にいる感覚」 だとおっしゃっていた。

それは、物語を書いた作家にだけ与えられる醍醐味だと、わたしが常々思っている感覚だった。
人が書いた物語は、外からしか読めない。
たとえ、感情移入できて物語に入り込んだとしても、主人公そのものになることはできない。

ところが、作者ならば、自分が創った登場人物の中に、いつしか同化する瞬間がある。(憑依されるというか、するというか)

自分自身が登場人物そのものとなって、内側からあふれるものを「書かされる」ようにして記録する。その感覚が、「すごい」
そうして、書きあがった物語を、読者として読む。
内からと外からと、物語を二度楽しめる。
それは、「創る人」にしか体験できない。

わたしにとっての「物語」は、人によって「さまざまなもの」で象徴されると思う。

Y3さんは、こんなことを話してくださった。

きれいなお花畑の中に自分がいる。
遠くから見ているのではなくて、今、まさに自分がそこにいる。
いごこちがいいという感覚。
自然に勝る美しさはない。自然の美しさに感動できたら、怖い物はないと思えた。
感動があれば、自分でいられる。
感動することをやればいい。

「自然に感動し、感謝できることさえ忘れなければ、自分は何があっても大丈夫だ」とおっしゃったY3さんの言葉は、
「物語に感動し感謝できることから離れなければ、わたしでいられるのだ」と教えてくれた。

じゃあ、書こうよ(笑)

自分がわくわくするものを。

都会にやってきた先住民みたいな無垢な好奇心を丸出しにして。
ひざを抱えている子にも、本なんか必要としないで飛びだしていく子にも。
おばあさんにも。おかあさんにも。
火星探検でも、冒険でも。
うつむいていても、太陽をみあげたくなるように。
自然の持つ美しさや、何事にも感謝できる心をもって。

〈少し先の未来の自分)

(「感動」を指針に進めばいい)

*    *    *

……こういうことを、半日かけて、教えてくれたインデュース。

40人近い人が参加されていた。
おひとりずつが、どのようなものを見たり感じたり受け取ったりされたのか。

「今」「過去」「少し先の未来」 

そのときどきの3人~4人のグループに、感じたイメージをサポートするものや、ヒントとなるものが満ちている。すべてを通してみたときに、ひもとかれる確かな道すじの扉が開く。

わたしは、そう感じた。
ほかの人はどうだったのだろうか。

タマラ・加藤憲子さんのワークショップは、もっとすごい翌日のワークショップに続きます!

「アクセスハート・コミュニケーション」

直感力を磨く講座です。
インデュースで得た浜田の結論は、またまたどんでん返し(笑)

浜田えみな
(つづく)

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タマラ・加藤憲子さんのワークショップはこちら → ★★★
ワークショップに参加した人たちのインデュースをシェアしませんか?
タマラの交流会は、大阪・京橋画廊で毎月開催しています。7月は本日27日!
タマラインストラクター 石橋智子さんが主宰してくださっています → ★★★

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浜田 えみな

Author:浜田 えみな
こんにちは! ブログに来てくださってありがとうございます! H11生まれの長男と、H14生まれの長女の二児の母です。文章を書くことが好きなので、フルタイムで仕事をするかたわら、あれこれ書いています。H26年8月に薦められた短歌にハマり、現在その世界観を模索中です。よろしくお願いします。