<<09  2017,10/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  11>>
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
石花ちとく氏:石花(ロックバランシング)at東寺 ~俺だけ楽しくてごめんなさいっ~
CIMG7462_convert_20131020150310.jpg ← クリックで拡大

天と地の一点に向けて
貫かれる固有の道。

石と石の、
その場所しかありえない一点が
出逢う奇跡。

奇跡が生み出す新しい脈動。

静と動の交代の刹那は、
最後に動く石にふれた、
てのひらだけが識っている。


*    *    *

目次

◆最高の場所
◆ロックバランシング
◆五重石花with五重塔
◆理由
◆『火星パンダちとく文学』
◆ランチの場所
◆Mさん
◆本当の理由
◆言い訳三昧
◆〈余談〉


*    *    *

◆最高の場所

仏像界のカリスマ! イケメン帝釈天様に名残惜しく別れを告げ、目星をつけたとっておきの場所へ。
ちとくさんは、早く石を積みたくてしかたがない(笑)

CIMG7447_convert_20131020150002.jpg ← クリックで拡大


まだ紅葉には早く、残暑厳しい京都・東寺の境内は、三連休の初日なのに、いい感じにすいていた。遥か五重塔を臨む最高のロケーションで、石を積みはじめるちとくさん。

東寺では、小さな植木鉢をベースにして石花を咲かせていく。
この日は、ロックバランスングには大敵の、風がとても強い日だった。
助手兼カメラマンのMさんは、ベストショットを逃さぬよう、カメラアングルを検討中。

CIMG7446_convert_20131017205009.jpg

浜田も、初めて間近で観るロックバランシングなので、ジャマにならないよう、まわりをうろうろ。
でも、石をさわっているときのちとくさんは、別人のようにすさまじい集中力だ。少しくらいまわりでうろちょろしても動じない。

(石花師……)

ちとくさんが、石から離れた。
そこには……

CIMG7452_convert_20131017204447.jpg

(おおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ)

「すごーーーーーーーーーーーーーーーいっ!!」

初めて観た、ナマ石花!
華道の「お流儀」みたいだ。
支えているのは、「面」ではなく「点」なのだ。

自分でもカメラを向けているちとく氏と、それを見守るM氏。

CIMG7454_convert_20131020150118.jpg

ところで、わたしたちが見つけた〈ジャパネスクなショットのための最高の場所〉とは?

CIMG7456_convert_20131020150201.jpg

本当に、高さといい、植木鉢を乗せる台座といい、あつらえたようにぴったりだった。
中腰になることもなく、視界をさえぎるものもなく、陽射しがふりそそぎ、緑にかこまれ、古都の香り(お手洗いの香りではなく!)が漂う中……

「ごめん! ごめん、オレばっかり楽しんじゃってーーーーーーーっ、ほんと、ごめんっ」

突然、ちとくさんに謝られ、一瞬、なんのことかわからなかった。
わたしも同じことを思っていたからだ。

(ごめんなさいーーっ 朝から、こんなにおもしろいもの見せてもらっちゃって、わたしばっかり楽しんじゃって、ほんと、ごめんなさいっ)

わたしは、石を視るより人間をみているほうが好きだ。
ロックバランシングをするより、ロックバランシングをしている人を観察しているほうが、ずっと好きなのだ。
とはいえ、

(いえいえ、石花創るより、ちとくさんを観ているほうが、ずっとおもしろいですから)

とか、

(いえいえ、わたしは帝釈天様に会えたので、それだけで胸いっぱいで)

とか、

(朝から、ネタの宝庫やん、これ、ぜんぶ書かせてもろてええんですか?)

などとは言えないので、満面の浜田スマイルで

「いえ、とんでもないです。せっかく京都までいらしたのですから、もっと、いっぱい創ってください」

★ロックバランシング

ロックバランシングについて、ちとくさんのブログから転載させていただく。

*******************************

ロックバランシングと言っても、石ころふたつみっつ積み上げるだけなので、老若男女誰にでもで
きる暇つぶしなのかもしれない。

俺はどうだったかと言えば、BillDanのすんごい写真に圧倒されて、少なくとも、鏡餅のような積み方では感動出来ないことを理解した。

それから、逆三角形を意識したし、積むというより、立てることに注力した。

もちろん簡単に立たなかったけど、出来た時の快感は何ものにも代えられない神秘体験のように俺を興奮させた。

出来た、という時に石は静止しているのである。
それまで手の中でグラグラ不安定に揺れていた石が、ピクリとも動かない。
この、静止瞬間こそ、ある意味絶頂である。
止まった次の瞬間には、もう知らん顔した石ころが涼しそうに置かれている感じ。
静止瞬間に、いくつかの石ころが、ひとつの石のようになるわけで、手を離す直前の瞬間、その刹那、俺も石と一体となっていたと実感する。

ああ、書いているだけなのに、なんだか興奮してきた(笑)
2012年8月22日

Rock Balancing! (石花ちとくさんのブログ)より

*******************************


ロックバランシングは、

〈感動〉なのだ。
〈興奮〉なのだ。
〈絶頂〉なのだ。
〈一体〉なのだ。
〈実感〉なのだ。

〈俺だけ楽しんで、ごめんなさいっ〉なのだ。

しかしまあ。幼稚園の頃から、
男子が熱中しているものは、女子から見れば、

(はあ……)

な感じ。

と、思っていた。
その一瞬を視るまでは。

◆五重石花with五重塔

世界遺産:東寺の五重塔(国宝)を背景にした石花。
空は高く広く、抜ける青が冴えわたり、木々の緑も光の中で輝きに満ちていた。
多摩川の石が、京都の空気感に融けあう

カメラマンM氏の撮ったショットを確認し、自分でも何枚も撮影し、得心したちとくさんは、積み上げた石を崩し、撤収作業に入ろうとしていた。

「ちとくさん、よかったですねー。外国の人にウケそうですね。五重塔ですもんね!」

浜田が声をかけると、ちとくさんは嬉しそうだった。
すると、Mさんが、

「やっぱ、五重塔だから、石も五重じゃないと」

と、ぼそりと言ったのだ。

一瞬の空白……

「ホントですね! ホントですね! 五重塔をバックに五重の石花! 絵になりますねーっ!!!」
「そうだよ~。五重塔だから五重」

「え…… 五個積むの? いや、それって……、いや、ちょっと……、いや……」

片付けようとしていた、ちとくさんは、しどろもどろ。

「大丈夫です! まだ、時間ありますし!! こんなロケーション、もうないですよ。せっかく京都まで来たのに! 五重塔前で五重の石花! すごいーーーーっ もう、ぜったい、すごいですって。ガイジンが喜びますよ。イケますよ」

ギャラリー浜田は言いたい放題。

だけど、東京から持ち込んできた限られた石しかなく、植木鉢という小さなベースの上に、風も強い屋外で、五個積み上げるというのは、至難の業にちがいない。
というより、ちとくさんは、

〈めんどくさそう?〉

に見えた。

〈おなかもすいていた?〉

かもしれない。 
でも、無責任な声援に応えて、一度片付けた石を、また取り出してくれた。
だって、石花は、

〈いつでもどこでも誰とでも、そしていつまでも〉 なのだ。

(石花師ちとく!)

しかし、五段というのは、なかなか難しそうだった。

自分がさほど関心がないものの前で長居できないのは、ちとくさんも浜田も似たようなものなので(笑)、ジャマをしないように、つかず離れず、何を視るともなく、漠然とちとくさんの手元を眺めていた。

わたしは、石花を創りたいとは思わないけれど、創っている人を観るのは好きなのだ。

ちとくさんの右手が、石花のフォルムを覆うように包み込んでいる。どうやら、その内側では、石が五段に積み上がっているようだ。
しかし、まだバランスが見つからず、微調整をしている段階。

ちとくさんのてのひらの内側で、石は静止しない。
指の先や指の腹や関節や手根や、てのひらすべてで石を観じながら、少しずつバランスを探している様子は、石と対話しているようにも見えたし、マジックハンドでパワーを送っているようにも見えた。

ちとくさんは、小柄な人だけど、石に触るその手が、とても大きく偉大に見えた のだ。

そして、その手が離れたーーーーーーー

歌舞伎の見得みたいな形相で、石のバランスを凝視していたちとくさんの表情が、ストライクで三振を取り、優勝を決めたピッチャーみたいな顔になった。ガッツポーズ。

CIMG7458_convert_20131020145318.jpg

「やった!」

「おおおおおーーーーーーーーーーーーーーーっ」
「すごいーーーーーーーーーっ!!!」

さっきまでグラグラと動いていたはずの石が、ぴたりと静止している。
面でなく点で。
点でなく魂(スピリッツ)で。
抗いがたい静止。

静止?

いや、止まったとたん、動き出すものがあるのだ。

何が?

なんと不思議な現象だろう。
動きが止まると、普通は死しかないのに。

脈動が聴こえる。天と地の一点に向けて貫かれる固有の道。
それを重心というのだろうか。
重心が正しい場所に落ちていく。
石と石の、その場所しかありえない一点が出逢う奇跡。
奇跡が生み出す新しい脈動。
それは、バズーカ砲のようにダイレクトな衝撃となって、ロックバランシングアーティストたちを射抜くにちがいない。
静と動の交代の刹那は、最後に石にふれた、てのひらだけが識っている。


そんなことを、ちとくさんの手の動きを観て思った。
手が離れる瞬間を観て…… 気づいた。

*    *    *

大騒ぎをして、できあがった石花をいろんな角度から眺めて、パチパチとカメラにおさめていたら、東寺の観光に来たと思われる上品そうなご婦人が近付いてきた。
ちとくさんの石花に目を留め、いろんな角度にまわって、すごいと絶賛してくれ、ふるまい正しく、

「写真、撮ってもいいですか?」

どうぞどうぞーーーーーーーーっ
ご自身の携帯を取り出して、石花に近づく。こちらから撮ると五重塔が入るなどと、アングルをアドバイスするMさん。
お手洗いの看板が入らないように、台座のすぐ下でフレーミングすることも忘れずに伝えているあたり、さすがの気配りだ(笑)。

「もし、お時間があったら、今日、こんなふうに石で作品を積み上げるワークショップが近くであるんです。いかがですか?」

すかさず、ワークショップの案内をする浜田。
残念ながら、すぐに行かなければならないということで、名残惜しそうに去っていかれた。

そこらへんにある石なのに。
とても小さなアートなのに。

石花が咲くと、たとえ通りすがりだとしても、一目見た瞬間、どんな人の心もつかむ。

CIMG7462_convert_20131020150310.jpg

◆理由

「ちとくさんは、どうして、ロックバランシングを始めたのですか?」
「今まで、いろんなメディアから取材きて、ずっと言ってることがあるんだけど、浜田さんには、特別にどこにも話してないこと言うよ」
「えーーーーーーーーっ ほんとですかーーーーーー???」

「子どもと公園行ってて、だんだん、子どもが大きくなって、一緒に遊ばなくていいようになって、手持無沙汰になって、なんかないかなーと思って、公園の石を積み始めた…… とか、BillDanっていう人の作品観て、すげーーって思って、俺もやりてーーって思ってやってみたらできた…… とか、そんなこと言ってきたけど、2009年にやり始めて、そのとき、心の中でホントは思ってた理由があるんだよね」

(…………)

「浜田さんだから言うんだよ。っていうか、浜田さんにしか、言ってもわからないと思うから」

(えーーーーーーっ 私にしかわからないことって、なんだろーーーーーーーー???)

CIMG7578_convert_20131020151104.jpg

『火星パンダちとく文学』売りたかったんだよね」
「…………」
「俺がロックバランシングで少しずつ、メディアとかに取り上げられるようになってきたころって、ちょうど、『火星パンダ(ちとく文学)』が出版されたころで」
「そうだったんですね」
「で、オレが石積みで頑張って、めちゃくちゃ有名になったら、そのとき、“実は小説も書いてます!”って、やりたかったんだよね」
「えーーーっ、最初から言えばよかったのにーー」
「それはダメ。有名になってから、“実は……”っていうのがいいんだよ」
「わかる気がします」
「でも、もうあきらめた」
「なんでですかー? まだイケますよ。いい本じゃないですかー。今から売りましょう。なんで売れないんですかねぇ~」
「いやーーーーーーーーっ、もういい、もういいって」
と、ちとくさんは、頭をくしゃくしゃと振って笑う。
「いやいや。大丈夫。今からでも、“実は……” っできますよ。っていうか、次を書いてください。新しいの!」

◆『火星パンダちとく文学』

なんで売れないのかなあ。
どのくらい売れてないのかはよくわからないけど、とりあえず、わたしは『火星パンダちとく文学』持っている。
最初に読んだ、ちとくさんの小説は、電子ブックの試し読みのページだった。
心が捻転した。

今でも試し読みできる(タダで読める)作品ある。
ちとく文学の中で一番、心をつかまれる。
こんなところを、こんなふうに突いてくるのかと、ぐりぐりえぐられる。

ちとくさんの小説全般に流れているのは、ひと言でいえば「少年(特有)の(ピュアな)狂気」みたいなものだと感じる。
それを、女子である私が読むとどうなるかというと……

かさぶたをむくような気持ちになる。

うまく、かさぶたがはがれるか、はがれないかの瀬戸際を、息をつめて、爪の先でそろそろとはがしていく。かさぶたと生身がチリチリと剥離していく、下腹の緊張する感じ。
そして、

むけたかさぶたをそっと脇に横たえ、薄いピンクがテラテラに光った新しい皮膚を、つるつると指でなぞることができる「成功体験」ではなく(ここ大事です!)、失敗して、かさぶたの下の白い薄皮がもろく破れ、赤い血がしゅぱっとにじみでてきて、また、一からかさぶたができあがるのを待たねばならない「失敗体験」のほう。

または、派手に転んでズルズルにむけた傷口がうまく治らず化膿してしまって、割れた肉からジュクジュクと組織駅が浸みだしているのを、絆創膏のすきまから見ているような。

もしくは、誰もみていないところで、一人で転んで、てのひらも、膝こぞうも、一気にすりむいて、すぐに起き上がることも、泣くこともできずに、自分の身体に起きていることを反芻しつつ、うつぶせているときの、じんじんと増幅するしびれた痛みとか。

教室で勢いよく手をあげて、自信満々で言った答えが間違っていたときの、強烈な恥ずかしさとか。

書いていたらキリがないけれど、そんな、今の生活には全く関係のない、二度と起こりそうにない、すっかり忘れていた感覚が、次々によみがえってくるような、そういう小説だ。

子どものころ、わかってほしいけれど、どう伝えていいかわからず、誰にも言えなかった想いを、行き場なく、静かに自分の中で発酵させた経験や、突然、理由もなく湧き起ってきたものすごいエネルギーをもてあまし、やみくもに昇華させた経験とか、子どもながらにも子どもじみているとわかったので、デリカシーのない親に言葉で自己主張できなくてモンモンとした経験とか、そんな子どもが自分の中にかつていた人は、古傷がうずくような、そんな小説。

それはホメ言葉なのか? と訊かれたら、いや、ただ、私にとっては、そういうことにつながった小説なんだとしか言えない。
すごいのは、どれも短いのだ。
あの短さで世界観を創るなんて、わたしにはできない。

*    *    *

ロックバランシングをする小説家なのか?
小説を書くロックバランシングアーティストなのか?


わたしだったら、どちらであるかは、きちんとしておきたい(とても大事な)〈譲れない軸〉だけれど、ちとくさんは、たぶん、どっちでもいいのだと思う。

先に世に出たほうが(笑)

◆食べてもいいのか?

出口に向かって歩いていると、蓮の池があった。もう花が咲き終わって、花びらが落ちたあとのじょうろの先のようなものが、にょきにょき揺れている。

蓮の根がレンコンだという話をMさんと浜田がしていると、ちとくさんが、また、わけのわからないことを言いだした。

蓮の花のなれの果てを指さし、「あれは食べられるのか?」と連発する。
食べるのは、花ではなく、池の底にある根の部分だ。そんなことは小学生でも知っている。
まさか、ちとくさんが、レンコンを知らないとは思えず、Mさんも私もちんぷんかんぷんだった。

が!
その理由がわかった。
その枯れかけたものも、レンコンと同じ穴が開いていたのだ!

これは私も初めて見たので、ちとくさんの疑問もうなづけた。

「上と下で同じ形なんだ!」

すごい発見をした。
ちなみに、これは花托の部分で、蜂の巣に似ていることから、蜂巣(ハチス) → ハス とよばれるようになったそうだ。
この穴は実が落ちた跡。
たしかに、ここに辛子を詰め込んだら、おいしそうな辛子レンコンができそうだ。

CIMG7463_convert_20131020150333.jpg

◆ランチの場所

さて、昼ごはんだ。
事前に検索してみたけれど、東寺周辺にはめぼしいものはない。
前方に見える、ひときわ目立つロゴは……

(松屋)

を浜田が認識したのと、ちとくさんが

「松屋」

と言ったあとで、「(松屋)……は、イヤですよね?」

と小さく言い添えたのは同時だった。

(いやです!)

とは口にしなかったけれど、

(まさか松屋で?) 

とは思ったので、そういう顔になったと思う(笑)

“イヤですよね?”と、わざわざ、ちとくさんが言い添えた「松屋」とは?

誤解のないように書き添えるけれど、松屋は悪くない。
ただ、東京から京都に来て、世界遺産の東寺で文化にふれたあと、「牛めし 並 280円~」のチェーン店での昼食を(牛めし以外にも、カレーも定食もあるとはいえ)、お客様からの申し出ならばともかく、お迎えする側からは提案することは絶対にありえない、というカンジの店ではある。

「いえ、イヤじゃないですよ。でも、せっかく京都まで来て、ちとくさんたち、松屋でいいんですか??  東京にもあるんでしょう? せめて、京都にしかないお店とか」
「このへん、なんもないんだよね~」
「たしかに。それに高いですしね」

「あ、あそこは? うなぎの看板」

と、Mさんが道路の向こう側のビルの二階に大きく表示された「うなぎ」の文字を指さした。

(うなぎ!)

「うなぎは、ちょっと高いかも……」

でも、どう見ても、高そうなロケーションじゃない。和風仕立てでもない小さな商業ビルの2階で、「うなぎ」の文字も趣がなく、なんだかチープ。
しかも、よくよく見ると、「うどん・そば」などとも書いてある。うどんとそばがあるなら、たとえ、うなぎが高額でも大丈夫。

「じゃあ、ちょっとのぞいてみて、イマイチだったら、松屋で」

松屋は、ちょうど、その並びの通りにあるのだ。
というわけで、ちとくさんとMさんと浜田は、信号を渡って、「うなぎ」ビルへ。
ビル? 二階しかなくてもビルというのかどうかは謎だけど、階段下には看板とメニューが置かれていた。うどん・そば・丼もの・定食などがある。
うなぎはさすがに、わたしたちの懐には高価だったけれど、日替わり定食はワンコインだ。

「ここにします?」
「いいんじゃないですか」

ちとくさんもMさんも、日替わりのミックスフライ定食。心もからだも元気印だと感心した。
私は、フライの盛り合わせを食べる気分ではなく、といって、うどんやそばでは寂しい気がして、無難なところで親子丼。

〈親子丼?〉

目の前に置かれた丼を見て、松屋の牛めし(牛丼)と、はたして違いがあったのか?と自分でもツッコミを入れそうになった。
ちとくさんとMさんにも

(松屋イヤだって言っておいて、けっきょく、丼かよ)

と思われたかもしれないけれど、おいしかったので、よしとする。
ミックスフライは、とてもがっつり盛ってあり、ボリューミー。
古都の香りは全く漂わない大衆食堂だったけれど、ごはんも味噌汁も漬物もついてワンコインなんて、大阪でもなかなかお目にかかれない。
しかも東寺まで徒歩数分の距離。こんなお店があるなんて!
座敷にあがってくつろげたし、穴場なのかすいていて、ゆっくり話せたし、Mさんの一声のおかげだった。

◆Mさん

Mさんの一声と言えば、

〈五重塔を背景にした五重石花〉

あの作品ができたのも、Mさんの言葉かけの賜物なのだ。

既に道具を片付けかけていて、〈ほとんど終了していた、ちとくさんの気持ち〉を盛り上げ、石花師魂に火をつけ、作品の完成に導いた。
傍でみていたから、よくわかる。

何かをやるのは自分でなければできないが、自分だけでは自分を超えられない。

だから、パートナーがいるし、家族がいるし、トレーナーや、マネージャーや、編集者や担当者がいる。友だちやファンがいる。

(Mさんってすごいなー)

ちとくさんは、便宜上、「助手」などと紹介してくれたけれど、それは説明がめんどうくさいだけで、本当は助手でも弟子でもないだろう(笑)。

補足説明によると、Mさんも村松先生のところで小説を書く修業をしていた仲間らしく、前述の『火星パンダちとく文学』の三人の著者のうち、誰か一人が欠けたら、Mさんがメンバーに入っていたとのことだった。
今も書いているのかと尋ねたら、首を振って、今はバンドでギターを弾いたりしていると答えてくれた。

(げーーーっ もったいない!)

と、自分のことを棚にあげて、即座に思った。書いて書いて! 小説も書いて! 
みんなで書こう!  ちとくM浜田文学(笑)

二人は、とてもイイ感じの距離感だった。
女性同士でも、こういう関係が築けたらいいと思うけど、なかなか難しい。
昔からのつきあいならともかく、大人になってから、こういう関係性の人が近くにいるというのは、とても素晴らしい財産だと感動した。

一緒にいた半日の間、ずっとうらやましかった。
そして楽しかった。

◆本当の理由

「ちとくさんは、なぜ、ロックバランシングをするんですか?」

食べながら、また、その話になった。

「東京でもワークショップされてて、今回、京都でも開催されるということで、何か……、どんな人に向けてとか、どんな目的でされてるとか、コンセプトのようなもの、ありますか?」

「いや、俺、いろいろ理由言ってるけどさー、ホントのところはさー

(え! まだ、“本当の理由”があるんですか!?)

「おんもしれーんだよねーーーーーーーーーっ」

(は?)

「おんもしれーの! めちゃくちゃ、楽しいの! 石積んでてさ、こう、できちゃったときとか、

やったーーーーーーーーーっっっ! 

って思うわけ。

おもしれーーーーっ おもしれーーーーーーっ めちゃくちゃおもしれーーーーーっっっ! 

で、オレだけで楽しんでていいのか? と思ったわけ。こんなに楽しいんだから、

みんなやって! みんなもやって! やってやって! ね、楽しいでしょーーーーーっ???? 

っていうわけで、ワークショップ始めたんだよね」

ホントに、三日月型……(というよりは、草刈鎌の刃みたい)に両方の目尻を下げて、今、まさに石を積んでいるかのように、からだをユサユサ振りながら、顔をくしゃくしゃにして笑うちとくさんは、1キロ先から愛用のボールを見つけて、遊ぼうと突進してくる雑種犬みたいに、嬉しそうだった。

(そうなんや!)
(基本って、そこやんな!)

わたしだって、おんなじだ。

〈おんもしれーーーーーーー〉のだ。
〈おんもしれーこと〉がありすぎる。


で、

〈自分だけ楽しんじゃっていいのか? わかって! わかって! みんなも楽しんで!〉

と思うから、こうして書いているわけだ。頼まれもしないのに(笑)

長く書いていると、それなりに文章表現はこなれていくから、創作は自分でも一度は目指すし、人からも小説を書いてみれば?と言われるけれど、一番のポイントは、

〈おんもしれー〉

かどうかだ。
感動とか癒しとか、付随する理由なんか後付だ。

そういえば、
わたしが最初に文章修業をした【小説工房】の主宰者であった水城ゆう先生が掲げていたスローガンは

〈小説は読むより書くほうがおもしろい〉

だった。
おもしろいから、みんな書いていた。

そんな、あたりまえのことを、あらためて、ちとくさんに思いださせてもらった。
オトナになると、何をするにも「目的意識」を明確にさせられる。仕事だとそれが顕著になる。

誰に対して何のためにやるのか。そしてそれはどんな効果を産むのか。
予算や期日や人員などの制約がそれに加わり、シュミレーションできず、採算の取れない企画は実現しない。
だから、一番シンプルで、一番大事なことを、おざなりにしていた。

〈おもしろいから〉

なんて大きな力なんだろう。
この魔法の言葉で、願いが叶う。

「日本では、まだやってる人が少なくて、だから、みんなにやってほしいんだよね。で、日本中の人が、あっちでもこっちでもやるようになって、みんなが、おもしれーっ、おもしれーって言って、で、ふと誰かが、“これって、いつからやってるんだ?”“だれがやり始めたの?”って言い始めたとき、“たしか……、ちとくっていうヤツじゃね?”って(笑)」

◆言い訳三昧

わたしは、フェスのイベント開始は13:30だと思っていた。
ちとくさんは、ちゃんと13:00だと認識していたはずだ。

なのになぜ、店の座敷にいるそのとき、12:55だったのか?

「えーーーーーーーっ!! 13:00から開始なんですかーーー???」
「やばい」
「わたし、13:30からだと思ってましたー。13:00からって、あと5分じゃないですか。ここから会場まで、何分くらいかかるんですか?」

バタバタと会計をして通りを急ぎ足になる私たち。

「10分くらいかかる」
「えーーーーーーーっ 13:00から開始ってことは、お客さん、もういるかもしれないってことですよね? 用意できてるんですか? どんな場所なんですか? 事務局との打ち合わせとかしなくていいんですか? 大丈夫ですか?」
今、言い訳考えてる

(言い訳?)

「大阪まで行ってて戻るのに時間がかかったとかですか?」
「東寺で写真撮ってて遅くなったとかですか?」
「ごはんが出てくるのが遅かったとかですか?」

「いや、ウソはダメでしょ」
と、Mさん(笑)

ちとくさんの顔がマジメに焦っているので、内心、驚いていた。
ちとくさんは、本来、とってもマジメで誠実な人なのだ。(行動が伴っていない理由はわからない)

どうやら落ち着いてきた(腹を決めた?)らしく、表情にも態度にも余裕が出てきた。
だって、ちっとも走らないだもん(笑)(トランクケースが重くて走れなかったのかもしれない)
本当にわかりやすい人だ。

結論から言うと、13:10に到着したけれど、お客さんはいなかったので、結果オーライ。

事務局の人が事前にどこかで拾い集めて準備してくれたダンボールいっぱいの石を、シートの上に小山に分けて並べる。
その間に衣装に着替えるちとくさん。
作務衣みたいなものを着るのだろうかと思っていたら、普通のTシャツだ。
手描きみたいな、なんかへんてこなイラストがある。

CIMG7464_convert_20131020150355.jpg

「それ、なんですか? くわがた?」
「かぶとむし。ちとくブランドオリジナルTシャツ! 」

(え、商品なんですか!?)

CIMG7465_convert_20131020150423.jpg

そういえば、どこかでこんなの見たことあるぞと思ったら、エジプト博物館だった。

古代エジプトでは、スカラベは、「再生」「復活」「創造」のシンボルである聖なる甲虫。
崇拝され、スカラベをかたどった石や印章などが作られている。
ちとくさんにとってのカブトムシも、何かの象徴なのだろう。
(と、思うことにする)

わずかな時間でも石積みをするちとくさんとMさん。

CIMG7468_convert_20131020150536.jpg

この二人、自分たちは気づいていないかもしれないけれど、よくミラーリングしているので微笑ましい。
本当に、仲良しなのだろうと思う。

CIMG7470_convert_20131020150600.jpg CIMG7472_convert_20131020150629.jpg

*    *    *

残念なことに、午後から大阪で用事があるので、石積み体験ができない浜田は、ここで、ちとくさんとMさんとお別れだ。

食堂を出て、蒼白になりながら会場へ急ぐ道の途中で、

「挨拶できないかもしれませんから、ここで」

と、歩きながら今回の京都会議(実は、本来の名目はほかにアリ!)の締めの御挨拶を、ちとくさんからいただいていた。

(なんで、今ごろ?)

といぶかしく思い、

(ワークショップに突入したら、私用での会話はできないからだ!)

と納得していたけれど、違っていた……。

「挨拶できなくなる」というのは、イベントに参加してくださった人たちにかかりきりになるからではなく、石積みを始めると、ほかのことは見えなくなるからだった(笑)

CIMG7473_convert_20131020150650.jpg

石積みに夢中のちとくさんとMさんに手を振り、会場をあとにした。

ほんの三時間ほどだったとは思えないパフォーマンス。何から何まで笑かしてもらった。
どう考えても、演技やサービスではなく「素(す)」のままのちとくさんだったが、わたしも、似たようなタイプ。
飄々としたMさんが一緒にいて、うまくバランスを取ってくださって、本当に助かった。
Mさんがいなかったら、たぶん、ちとくさんとわたしは〈ふきげんな二人〉(笑)

これに懲りずに、また関西に来て、楽しませてほしい。
奈良・飛鳥 石舞台古墳での石積みなども、観光客がいない時期をねらえば、可能かも?
そのときは、もう少し歴史を予習してきてくださいますよう(笑)

浜田えみな

石花会 → ★★★
石花ちとくさんのウェブページ → ★★★
OHTER WORKS のところで、電子書籍の試し読みができます。
エジプトのスカラベ崇拝に準じるかどうかは不明のTシャツも販売中。

希望者が集まれば、関西でのワークショップも実現できる。
お近くに「生きている川」と「生きている石」があれば、ぜひ、ご一報を。

〈おんもしれーーーーーっ〉 体験は、やったもの勝ちだ。

◆〈余談〉

ちとくさんのサイン。

CIMG7579_convert_20131020151123.jpg

「いつも書いてるヤツでいいですか?」と聞かれたので、「ハイ」と答えたら、ぐいぐい三文字書かれて度胆を抜かれた。言葉もない。
自分の名前しか書いてくれなかったので、一応、日付を入れてくれるように頼んだ。
為書きについては、もう言いだせず(苦笑)

「右手で書くと○○なので左手で書くようにした」とおっしゃっていた。
○○が何だったのか思いだせない(汗)
村松先生の言葉だそうなので、また、直接教えてもらうことにする。

そういえば、村松先生は、すべて左手で書いておられるのだった(!)

CIMG7580_convert_20131020151141.jpg

最初に、セミナーの主催をさせていただいたとき、ホワイトボードの字が読めないと苦情が出たら、どうしましょうと心を痛めたことが懐かしい。

★写真

そもそも。
今回の、ちとく×えみなの京都会議の目的は、けっして珍道中のレポートではなく、わたしたちの共通の師匠である村松恒平先生の

〈おんもしれーーーーーっ おれ、すごい発見したかも!〉

に端を発するものだった。

村松先生は、レポートを読みながら、

「こいつら、本題の案件は、ちゃんとやったのか?」

と気をもんでいらっしゃることと思いますが、大丈夫!
ミッションは、ミックスフライと親子丼を食べながら果たしました。
いわゆる、ランチタイム会議というヤツですね。
(おお、ちとくさんとわたしって、できるヒトみたい!)

詳細が決まれば、皆さんにも随時ご案内できると思います。お楽しみに。

って、ここまで読んでくれた人、いるのかな?(汗) いたら拍手ボタン!

スポンサーサイト

テーマ : 物書きのひとりごと
ジャンル : 小説・文学

Secret
(非公開コメント受付中)

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
ご連絡はこちらから
鑑定の予約・質問・感想など、お寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
プロフィール

浜田 えみな

Author:浜田 えみな
こんにちは! ブログに来てくださってありがとうございます! H11生まれの長男と、H14生まれの長女の二児の母です。文章を書くことが好きなので、フルタイムで仕事をするかたわら、あれこれ書いています。H26年8月に薦められた短歌にハマり、現在その世界観を模索中です。よろしくお願いします。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。