FC2ブログ
<<07  2019,08/ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31  09>>
笑う寺社彫刻〈名草神社〉
CIMG9289_convert_20160922172135.jpg ← 画像は全てクリックで拡大します

〈笑い〉は〈祓い〉
〈笑い〉の前では、どんな魔も退散する。
最強の結界だ。

(宝物は、いつもすぐにそばに、ある)




***

(前回のブログのつづき、ではなく、少し脱線します)

近江八幡、長命寺山のふもとにある天御中主命神社 (アメノミナカヌシノミコトジンジャ).で、その小さくもうつくしいご神域のたたずまいの中に〈何か〉を察知した。
〈何か〉とは「何か?」と訊かれると、〈何か〉としか言いようがないのだが、目には見えなくても漂っている気配、のようなものだ。
どこからやってくるのかを探して、きょろきょろしていると、御本殿の脇障子の鳳凰が〈笑って〉いた。

CIMG9283_convert_20160922171918.jpg

発信されていたのは、笑顔の波動だった。

〈笑い〉は〈祓い〉

〈笑い〉の前では、どんな魔も退散する。
最強の結界だ。


しかし……
その笑顔は、あまりにも、人間的というか現代風というか……、マンガみたいというかユーモラスというか。

CIMG9281_convert_20160922171837.jpg CIMG9282_convert_20160922171857.jpg

(マジ?)

いったい何時代の誰の手によるものだろう?
神社彫刻で笑っているものを見たのは初めてだった。龍とか鳳凰とか獅子とか麒麟などの霊獣は、人になつくものではない孤高の存在なので、触れることのできない表情をしている。そういうものしか見たことがなかった。

〈笑顔〉を彫ることに、謂われや、ブームのようなものがあったのだろうか?
わたしが知らないだけで、ほかにも笑っている神社彫刻があるのだろうか?


気になることはすぐに調べる。インターネットがあるので、本当に便利だ。
〈笑う 神社彫刻〉と入力してみる。
すると……

名草神社」がヒットした。

(わあ……)

但馬の名草神社のユーモラスな彫刻は有名らしく、多くのかたが訪れ、写真に収めてブログで紹介されている。
本殿など、見上げたとたん、そこにもここにもあそこにも、彫ることができる面がある限り彫った! と言わんばかりに龍や獅子や獏たちが躍動感に満ちた姿で迎えてくれるのだ。お詣りどころではない、と思う。
耳を押さえた獅子や、口を押えた獅子など、しぐさも表情も豊かで、写真なのに見入ってしまった。

立派な三重塔もある。

(三重塔???)

(神社なのに???)
(???)

三重塔とか五重塔とかいうものは、お釈迦様の舎利を納める仏塔ではなかっただろうか。
しかも、記事を読むと、名草神社の三重塔は〈出雲大社〉から移築されたものとある。

(出雲大社?〉

〈出雲大社に三重塔が?)
(神様なのに?)

そのわけは……
天地八百万の神様を敬う自然信仰であった日本に、飛鳥時代に仏教が入ってきたときに、「仏様も神様も同じですよ」という考えのもとに、当時の人々は仏教を受け入れ、神様も仏様も一緒にお祀りする「神仏習合」が始まった。
なので、出雲大社の境内にも、たくさんの仏教建築が建てられていたそうだ。しかし、古神道を重んずる出雲大社においては、やはり神道と仏教は別々にしたほうがよいということになり、1667年の遷宮のときに敷地内の仏教の建物は全て取り壊すことになった。
そして、社殿の立て替えに必要な材木を探しているときに見つけたのが、但馬国妙見山にある石原山・帝釈寺の霊山にある御神木だったそうだ。
御神木を切り倒すなんて、普通はできないことだと思うけれど、ちょうどそのとき、三重塔を建立する計画があった帝釈寺は、取り壊す予定の出雲大社の三重塔を譲り受けることで、御神木を献上したのだそうだ。
出雲から、取り壊してバラバラにした三重塔の木材を運んで、妙見山の中腹に再び建立するなんて、昔の人は本当にすごい。しかも、平坦な場所ではなく、山の中なのだ。

(あれれ? 名草神社の名前がない)

ここまでの史実に「名草神社」という名前は出てこない。
三重塔が移築されたのは「帝釈寺」というお寺だったのに、どうして今は、名草神社なのだろう?
それは、明治政府が公布した「神仏分離」の法律のためだ。
この法律のため、帝釈寺がその地を離れることになり、名草神社が生まれ、境内に三重塔が残されたそうだ。
だが、神社が管理することになったので、仏舎利を祀る仏塔としてではなく、神道と仏教の歴史を語る建造物として。

(なるほど……)

言われてみれば、名草神社は、神社というより山寺のように見える。
割拝殿」といって、真ん中に通路がある拝殿も、まるで山門のようだ。

しかし、この三重塔……

神仏習合」で建立された出雲大社をお払い箱になり、はるばる但馬の山岳地帯の寺に運ばれてきて、「神仏分離」で置き去りになってしまった。
 この三重塔の最上部の軒下には、四猿という大変珍しい彫刻があるそうだ。
見ざる、言わざる、聞かざるという三猿の彫刻は数多くあるが、四猿は名草神社にしか見られないという。
四匹目の猿の手は左の頬あたりにあり、「思わざる」と考えられているそうだ。

(思わざる……)

***

名草神社について書かれたページを読んでいると、ご祭神に「天御中主命神」の名前があった。
近江八幡の天御中主命神社に連れていっていただいた日、帰宅してから「天御中主命神」という神様について調べたとき、現在、お祀りされているのは「妙見社系」「水天宮系」「近代創建」の三系統があると書かれていたことを思い出した。
妙見と言えば、北極星・北斗七星信仰や、仏教の妙見菩薩に端する。
名草神社も、神仏分離以前は但馬妙見と呼ばれる妙見社だったという。

そのことを読んで、思い当ったのが、自宅近くで、何かと御縁のある星田妙見だった。
昨年、星田妙見のことを教えていただき、御詣りしてから、何度も妙見山に登り、北斗七星巡りをする機会に恵まれている。

t02200165_0800060013463758911.jpg t02200293_0800106713463758912.jpg t02200165_0800060013463758914.jpg

神仏分離で妙見山の別の地にうつされたのが、現在の「日光院」であると知り、そのホームページを閲覧したところ、ご住職様が「星田妙見鎮座1200年大祭」の記念公演をされたという記事が掲載されているので、びっくりした。
日光院のご住職様の曾祖父様が星田生まれであることからの御縁とのこと。

近江八幡の藤ヶ崎龍神から連れていっていただいた天御中主命神神社の「笑う彫刻」から、但馬の妙見山までぐるりと巡って、地元に戻ってきたこの感覚。
つまるところ、

(宝物は、いつもすぐにそばに、ある)

ということなのかもしれない。
そういえば、まだ梨木神社のことしかブログには書いていないが、織機のあるお店をのぞいたり、梨木神社の桂の木の下でハートシャワーに打たれたあの日、安倍清明神社にもお詣りした。

CIMG9191_convert_20160925205601.jpg ← 北斗七星をたどると井戸へ

そのとき、安倍清明が念力により湧出させたという境内の井戸「清明井」のまわりに、北斗七星の形に石が置かれているのを見て、即座に思い浮かべたのが、妙見山に登って北斗七星巡りをしたことがある「星田妙見」だった。
まさか、ここまでつながっているとは。

名草神社の躍動感あふれる彫刻の数々や、三重塔。

(行きたい)

ネットでいろいろ調べたので、既にもう訪れたような気持ちになっているが(笑)、地理的には、車の運転ができないと、ハードルが高そうだ。
でも、訪れたかたがたのブログで、夜明け前の雲海(名草神社は、妙見山の中腹・標高800メートルの場所に鎮座している)を撮影された記事などを読むと、沈黙している遺構の声が聴きたいという想いがつのる。
神社のまわりには、今も樹齢数百年を超える杉の巨木が多く生育しているとのこと。
星もきっと、降るように見えるはず。

えみろー

養父市HPのコラムより
「名草神社の本殿と拝殿」 → ユーモラスな彫刻 ★★★
「出雲からやってきた三重塔」 → 四猿とは ★★★
「妙見山に鎮座する名草神社」 → 北斗七星とのつながり ★★★
スポンサーサイト
Secret
(非公開コメント受付中)

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
ご連絡はこちらから
鑑定の予約・質問・感想など、お寄せください。

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
プロフィール

浜田 えみな

Author:浜田 えみな
こんにちは! ブログに来てくださってありがとうございます! H11生まれの長男と、H14生まれの長女の二児の母です。文章を書くことが好きなので、フルタイムで仕事をするかたわら、あれこれ書いています。H26年8月に薦められた短歌にハマり、現在その世界観を模索中です。よろしくお願いします。