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氣愛のランチ&宇宙と繋がる砂曼荼羅「福々招き猫」(H29.1.14)~やりたいことの思い通り~
CIMG9818_convert_20170120214720.jpg ← 画像は全てクリックで拡大

フリはできない
ウソもつけない
隠しようもなく
浮き彫りにされ
意図されることなく
顕れていく

むきだしになる
持っているものが

ありのまますべて

願いは記憶
叶ったことの

***

岩谷文代さんのコーディネイトで砂曼荼羅をした。
曼荼羅を創りたかったのではなく、創ったものを壊したかったから。
壊されたときに顕れる、人為の及ばないものを見たかったから。
壊すことで、煩悩や執着が祓われる疑似体験をしたかったから。

でも、実際に体験すると、できあがった曼荼羅に圧倒されてしまい、エネルギー切れの状態で、壊すとき(破檀というらしい)には集中力もなく、メッセージを観じる余裕がまったくなかった。
もったいなーい。
でも、思いもかけなかったことに、懸念していた曼荼羅を、楽しんでいる私がいた。

二十枚ほどある曼荼羅の下絵から、一枚を選ぶ。
私にしては珍しく、すぐに決めることができた。
これだ!」とわかった。

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躍動? 流れ? フォルム? バランス? 

ともかくも、「これだ!」という直感に導かれた。
下絵にタイトルがあると知り、選んだものを探すと、「」と書かれていた。
やっぱり、と思った。
ほかの下絵につけられたタイトルを見ていると、コメント付きのものがある。
」と名付けられた幾つかの図案には、「内側から開く」というコメントがついていた。
その言葉を見たとたん、

(開きたい! 咲きたい!)

という強い願いが湧いてきた。

(この曼荼羅をやれば、開くのだろうか?)
(じゃあ、やってみたい…………)

「変えてもいいですよ~。やりはじめてから、やっぱりちがう! と言って、変える人もいましたから」
と、文代さんが言ってくださるので、もう一度、下絵の束を受け取り、一枚一枚、向き合ってみる。
やっぱり、心が動くのは、最初に選んだ「」だった。

馴染む。包まれたくなる。湧いてくる。

何よりも、〈拒否していない〉という感覚。
これが、波動が合うということなのだろうか。
なぜなら、あきらかに、「無理!」とわかる図案もあるからだ。
タイトルを確認すると、「」だった。

(やっぱりーーっ)

いつか、「火」をやりたくなることもあるのだろう。

「水」は、小さなパーツが組み合わされていて、輪郭線が多い。
渦というか、滴の連なりというか、流れというか。

CIMG9807_convert_20170120214444.jpg

(もしかして、ものすごく時間がかかるんじゃないの?)

ちらりと思ったけれど、下絵を選んでいるときに、作業が大変だから別のにしようとか、そういうことは、あまり考えなかった。
どういうふうに、砂曼荼羅を作るのかが、わかっていなかったからかもしれない。

(これは……。ひょっとしたら、マズイ)

と思ったのは、始まってから(笑)

下絵が決まったところで、テーブルの上に道具が並べられていく。

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わくわくするようなカラフルな砂。夏休みの工作みたい。
砂を落とす時に使う紙を巻いて作ってある漏斗は、なぜだか、お香のような、におい袋のような、とてもいい匂いがする。
鼻をあてて、ずっと嗅いでいたいくらいだ。
柿渋を塗った紙」なのだそうだ。

(ほしいーーーーーっ)

柿渋の匂い、癒し効果絶大。

「どこから始めてもいいし、どの順番でもいいけれど、最初の一点は真ん中から」
と教えていただき、砂曼荼羅体験、スタート!

(最初の一点)
(ん? ちいさっ)

私が選んだ下絵の中心は、とっても小さい面積だったので、ちょっとつまらない。

(何色がいいかな)

考えるまでもなく、すぐにわかった。
真ん中におくべき色。

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(次は?)

そして、私は、やっと、自分が無謀な選択をしたことに、気づいたのだった。
面積が小さいので、砂を落とす作業は一瞬で終わり、次々に色を選ばなければならないことに!
そして、それがあまりにも果てしないことに!

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(いったい、何区画あるの?)

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ところが、あまりに多すぎて、かえって思考は働かず、思いつくままに、どんどんやれた。
けれど、面積が小さいので、無心に砂を落とすことによる行動瞑想の状態は体験できなかった。そのかわり、砂を落とすごとに見えてくる、新たな砂の配色を、わくわくしながら愉しむことができた。
砂はとてもカラフルで、キラキラしていて、落ちる砂がつくるやわらかな起伏が、漏斗から堕ちていく砂の気配によって、魔法のように伝わってくる。

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眼下に拡がるのは、小宇宙であり、王国の地図だった。

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終わってみて、気づいたこと。

〈無意識にバランスを取っている〉

自由に選んでいるようでいて、そうではなかった?

同じ色は隣り合って並べないし、濃い色と薄い色も隣合わせにしない。
でも、そうすることは、気持ちがよいことだった。
隣り合う色が決まるごとに、グラウンディングする感覚。
揺れながら安定する、やじろべえのように。

ただ、心地よいこと。

***

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できあがった曼荼羅を観て、思ったのは、

〈花やんね〉

ってことだった。

(あれれ)
(水のはずなのに)

できあがった砂曼荼羅が、ちっとも〈流れていない〉
そのことが不思議だった。

たしかに、流れていたはずの下絵。
それなのに、出来上がった曼荼羅は、地面に根ざして咲いている。
どこにも流れず、そこに在る、という感じ。
迷いなどない、強いグラウンディング感。
なぜだろう?

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色だろうか。
たとえば、私は、この砂曼荼羅を、モノトーンで仕上ようとは、思いもしなかった。
もしも、青系統の砂を落としてグラデーションを作り、白や緑を組み合わせれば、水の流れになったと思う。
でも、そんなことを思いもしなかったのだ。

枠など、なんの意味も持たないこと を、砂曼荼羅は教えてくれた。
決められたレールからはみ出すことができないということや、与えられた環境の中でしか生きられないという嘆きや、自分に課した枠に縛られているという叫びは、

言い訳なのだと。

なぜならば、あんなにくっきりと「」であった下絵の上に、私は「」を描いたのだから。
選ぶ色も。
顕れる形も。

何にも縛られることのない、やりたいことの思い通り
思い通りにやったんだ。

なぜ、そんなに咲きたいと願っていたのに、「花」でなく「水」の下絵を選んだのだろう?

水が必要だったのだ。
種が育つために。


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文代さんが、私の曼荼羅からのメッセージを伝えてくれた。

「〈サクラサク〉って言ってるよ」と。
「途中の状態のときは、〈蝶やん!〉って思ったよ」と。
「春になったら、いっせいに咲くね」と。


願いは、予知夢。
叶った姿が視えているのだ。


***

できあがった曼荼羅からのメッセージを受け取ったら……

崩す。

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破壇」と呼ぶのだそうだ。

私は、これを体験したくて、大阪と京都の府境から、はるばる兵庫県の月見山までやってきたのに、クライマックスともいえるこのとき、すでにエネルギーが尽きかけていて、よく考えもせず崩してしまい、もったいないことをしたような、気がしている。
「破壇」を味わえるようになるまでには、まだまだレベルが足りない。

帰宅してから、パソコンの画面で砂曼荼羅の画像を眺めていると、

「このかたち、見たことある!」

と気づいた。
「水」の下絵の、勾玉みたいな、オタマジャクシみたいなかたち。丸のかたち。

机の前の壁を見上げると……

「わあ」

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それは、去年の夏、ぷぅるちゃんがフリマで出展した「色で遊ぼう!」で描いた手ぬぐいの絵だった。
砂曼荼羅の中に、いくつも浮き上がっている青のかたちが、そこに描かれていた。
インナーチャイルドカードの体験セッションとシンクロしていて、そのかたちは、水に飛び込んでいく弧線だった。
マルの組み合わせで描かれた花も、ひとしずくが落ちた波紋だった。
小さな緑の丸は「」として、たくさん描かれていた。
下絵も見本もなく、自分がフリーハンドで描いたものだった。

(なんや、知っていたんや)
(前から、わかってたんや)


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うーーーん、なんで忘れるんやろ?

***

砂荼羅体験、おすすめです!

フリはできない
ウソもつけない
隠しようもなく
浮き彫りにされ
意図されることなく
顕れていく

むきだしになる
持っているものが

ありのまますべて

願いは記憶
叶ったことの


***

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岩谷文代さんの砂曼荼羅講座は、もれなく、おいしいごはんとスイーツがついてくる。
須磨離宮公園のある「月見山」駅で降り、コーギー犬のハリーとともに、とっておきのお散歩コースを案内していただくこともできる。
大きな木、葉っぱや木の実、花にふれ、土の上を歩き、おいしいごはんを食べて、リラックスして、心をほどき、無心で砂を落とす。

以前、ある先生の「禅タロットカード」のリーディング講座に参加したとき、カードは「魂の翻訳者」だと教えていただいた。
砂曼荼羅も、魂の翻訳者だと感じている。
自分の魂を、愛でて、抱きしめて、そして、エゴを崩すことができる。

「知っている」ということを、思い出させてくれる。
「望んでいること」ことが、くっきりと顕れる。
「やりたいことの思い通り」を体験させてくれる。


砂がいい。

さらさらと。さくさくと。落ちていく。
とめようもない思い。


フリはできない
ウソもつけない
隠しようもなく
浮き彫りにされ
意図されることなく
顕れていく

むきだしになる
持っているものが
ありのまますべて。

願いは記憶
叶ったことの


浜田えみな

CIMG9849_convert_20170120215312.jpg

岩谷文代さんとのおしゃべりも楽しいのです。
参加に関するお問い合わせは、岩谷文代さんのフェイスブックページか、「氣愛のランチ&宇宙と繋がる砂曼荼羅「福々招き猫」で検索を。イベントページがあります。

フェイスブックをされていない人は、浜田えみなまでご連絡を♪

手ぬぐいに絵を描いた時のブログ記事はこちら →  「風が吹いている」
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浜田 えみな

Author:浜田 えみな
こんにちは! ブログに来てくださってありがとうございます! H11生まれの長男と、H14生まれの長女の二児の母です。文章を書くことが好きなので、フルタイムで仕事をするかたわら、あれこれ書いています。H26年8月に薦められた短歌にハマり、現在その世界観を模索中です。よろしくお願いします。